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​複雑な国際情勢をコンパクトにまとめることが出来ないか考えて、私はこのブログを書き始めました。今、世界で何が起きているか、一早く読者の皆さんと情報をシェアしていきたい。その思いから、記事を書くことにしたのです。

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執筆者の写真Masaki Ogawa

映画タクシードライバー|孤独な都会の狂気が行き着く果てと2人の女












映画タクシードライバーには、劇中で重要な役割を果たす2人の女性が登場します。天使の様に美しく穢れのないベツィと、13歳にもかかわらず売春窟で暮らす少女アイリスです。対極にある2人の女性が孤独なトラヴィスの心を大きく占めますが、2人の女性がトラヴィスの孤独を癒やすこともなければ、鬱屈の果ての狂気を鎮めることも簡単には叶いません。トラヴィスはベツィを愛し、そしてアイリスにも命懸けで接しますが、結局トラヴィスは最後まで孤独です。夜の街NYは魔窟と化して、降り止まない雨に毒々しいネオンが明滅し、行き交う人々の喧騒と猥雑さに満ち溢れていました。トラヴィスにとって、ベツィは都会の腐敗の対極にある”希望の星”のような女性であり、少女アイリスは夜の腐敗から救い出されるべき”諸悪の犠牲の象徴”でした。トラヴィスとベツィは一旦心を通わせますが、些細なことで離れてしまい、行き場を失ったトラヴィスの心はアイリスへの想いに注がれます。離れていったベツィへの恋慕と怒りはトラヴィスに屈折した行動を取らせますが、トラヴィスは目的を果たせず、思いもよらぬ唐突な行動に走ります。夜の街をタクシーで疾駆するトラヴィス。アイリスを救い出すために、駆り立てられるようにして売春窟へと向かうのです。今回の記事では、長らく私が愛して止まない名作「タクシードライバー」をお届けします。


映画タクシードライバー予告編

夜の街をタクシーで流す孤独な青年トラヴィスを演じるのは、若き日のロバート・デ・ニーロです。アスファルトの舗装路から立ち籠める水蒸気、そして目に霞みそうなネオンの中で一人の男の瞳が虚ろに光ります。映画タクシードライバーは1976年に公開され第29回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞、名監督マーチン・スコセッシによる撮影の非常に優れた作品です。映画全編を通して、物憂げで悩ましいテーマが流れていますが、音楽を手がけたのはバーナード・ハーマンです。後に大女優に成長したジョディ・フォスターが13歳の娼婦アイリスを見事に演じ切っています。早速、映画タクシードライバー予告編を見てみましょう。


https://www.youtube.com/watch?v=IWI8GTaBo3c


2016年は映画タクシードライバー40週年記念ということで、特典映像付きのDVDが発売され大盛況でした。機会があれば、ぜひ一度鑑賞されることをお勧め致します。デ・ニーロの鬼気迫る怪演にきっと驚かれることと思います。トラヴィスの揺れ動く心を巧みに表現し、映画史上、最も印象的とも言えるラストに至るまでの過程を、息も吐かせず牽引していくデ・ニーロの演技力に、私は何度胸を打たれたか知れません。結論だけを言えば、苦悩したそれぞれの人生が終盤から好転していくので、陰惨さは消失して清々しいエピローグを迎えるとだけここでは記しておきます。


予告編で映画タクシードライバーの雰囲気が掴めたら、次は映画本編のあらすじについて詳述していきます。 


映画タクシードライバーのあらすじ


汚れた街で出逢った天使

ベトナム戦争帰還兵のトラヴィスがタクシードライバーに応募した動機は、表向きは不眠症だと語っていますが、実際は孤独で虚ろな夜に苛まれていたからです。タクシーを走らせながら汚れた世界へ激しい憎悪を募らせるトラヴィスは、酔客と街娼を乗せて深夜のNYでタクシーを走らせます。鬱屈した日常と、殻に籠った自分を変える切っ掛けを欲していたトラヴィスはブロードウェイの選挙事務所で一人の美しい女性ベツィを見かけます。パランタイン大統領候補を支援するベツィの元を訪れたトラヴィスは、ベツィを食事に誘います。トラヴィスの屈折はしていても不思議な魅力に惹かれたベツィは、トラヴィスとのデートの約束に応じます。夜の街をタクシーで流していると、トラヴィスの車に偶然パランタイン大統領候補が乗り込んで来ます。大統領候補に、薄汚れたNYの街を浄化して欲しいと要請するトラヴィスに対し、曖昧な返事で応酬するパランタイン。


苦悩する日々と一人の少女

ある夜逃げ込むようにして一人の少女がトラヴィスのタクシーに乗り込んで来ます。13歳の娼婦アイリスでした。女衒のマシューから逃げ出したアイリスは、車を早く出して欲しいとトラヴィスに哀願しますが強引にマシューがアイリスをタクシーから引きずり出します。皺くちゃの1ドル札を投げ込んでアイリスとマシューは夜の街に消えて行きます。一瞬、トラヴィスの瞳が光ります。約束の当日、女性との付き合い方を全く知らないトラヴィスは、最初のデートでベツィをポルノ映画に誘いベツィを激怒させます。ベツィを心変わりさせようと努めますが、ベツィの気持ちは戻りませんでした。ベツィに贈った花は突き返されトラヴィスの部屋は枯れた花で溢れていきます。浮気した妻を44マグナムで撃ち殺すと嗤う狂人を乗せたトラヴィスは複雑な思いに囚われていきます。タクシーの運転手仲間に苦悩を語って聞かせますが、同僚の忠告を馬鹿げた話だと一蹴するトラヴィス。


タクシードライバーの転機

ある日タクシーを流している際、街でアイリスが売春を働いているのを知ったトラヴィスは日記に孤独感を切々と書き綴ります。”人生の転機”が来たと書き添えたトラヴィスは銃の密売人から44マグナムを買い求めます。射撃の訓練を始め、肉体の鍛錬を開始するトラヴィス。アイリスの元を尋ねたトラヴィスは、マシューに”アイリスと遊びたい”と持ちかけます。服を脱ぎかけたアイリスを叱り飛ばし、”ここから逃がしてやる”とアイリスに告げるトラヴィス。翌朝2人は食事に出かけますが、生活を改めて実家に帰省しろと諭すトラヴィスの言葉に、全く耳を貸そうとしないアイリス。それでも親身に語るトラヴィスに、アイリスは少しずつ心を揺さぶられていきます。偽善の愛情でアイリスを繋ぎ留めようとするマシュー。アイリスに手紙と金を投函したトラヴィスは、パランタイン大統領候補の演説会場へと向かいます。準備を整えたトラヴィスは大統領候補の到着を待ち伏せます。雄弁に語るパランタインを不敵に眺めながら拍手をした後、トラヴィスは大統領に接近しますが、護衛に阻まれて狙撃に失敗します。その夜、NYの裏通りを駆り立てるようにしてタクシーを駆るトラヴィス。顔は蒼白で目の視点は定まっていませんでした。アイリスの居る売春窟に車を急停車させたトラヴィスはマシューを狙撃し、アパートの階段を一歩ずつ登って行きます。激しい銃撃戦を繰り返し、自らも負傷したトラヴィスはアイリスの待つ部屋へと一散に向かいます。最後の一人に留めを刺したトラヴィスは銃を自分の額にあてて自殺を図りますが、銃弾は残されていませんでした。当り一面は血の海と化し、ソファに崩れ落ちたトラヴィス。


物語のエピローグ

やがて物語は終盤を迎えます。トラヴィスにはアイリスの父母からお礼の手紙が届けられ、アイリスが元気に学校に通っていると、深い感謝の言葉で結ばれていました。全てが終わり、仕事仲間と立ち話をしていると、一人の客がトラヴィスのタクシーに乗り込んで来ます。ベツィでした。トラヴィスを慈愛に満ちた瞳で見つめるベツィ。バックミラー越しにベツィの優しい眼差しを感じながら微笑み返すトラヴィス。物言いた気なベツィを自宅で降ろし、メーターを切って夜の街に走り去って行くトラヴィスの瞳が、一瞬だけ狂気地味た光を宿します。


映画タクシードライバーのあらすじをみた後は、一見すると支離滅裂に見えるトラヴィスの行動を解剖しつつ、この映画の核心的な部分となる、メインテーマを記してみたいと思います。


映画タクシードライバーのメインテーマ

ベトナム戦争の惨禍を声高に主張し、国民の痛みを語る大統領候補と、実際に海兵隊に所属し栄誉除隊したトラヴィスは対照的な位置関係に置かれています。国家の為にベトナムで戦って帰国したトラヴィスは、戦傷とも云うべき悲惨な心理状態にありました。夜は眠れず、爛々と目が冴えて、バスや地下鉄に夜通し乗って無為な時間を過ごすしか無かったと、トラヴィスは映画の冒頭で語っています。街に出てポルノ映画館で呆然と時間を潰し、孤独と時間を持て余してタクシーの運転手を志願したのが物語の始まりでした。


尽くすべき信条も天職も持たない彼は、命じられるまま夜通しスラムをタクシーで流し、猥雑で腐敗した社会へと怒りと苦悩を深めていきます。何故ベツィとアイリスという2人の人物が物語の上で重要かと言えば、孤独なトラヴィスの視界に唯一現れた人間だからです。トラヴィスは誰にも心を開かず、世界全てを嫌悪していたために他者との関わりを失いました。仮にトラヴィスが孤独の極限から救われる道があるとすれば、2人の女性、即ちベツィかアイリス以外をおいて他に存在しないのです。


都会の雑踏の中をタクシーで孤独に走り続けるトラヴィスはベツィに語っています。


「君は大勢の人間に囲まれているけれども本当は幸せではない」


選挙活動という名の下に仮そめの連帯を結ぼうとする群衆に、トラヴィスは何の興味も抱いておらず、ただ純粋にベツィだけを想い続けました。ベトナムの正義が失われたアメリカでは、人々は”個”に分断され、深い絆を結び合うことが不可能になっていたのです。それは”家族”も例外ではありませんでした。事実アイリスは親と諍いを起こしてNYへと家出しています。


命を賭して戦ってきたはずの祖国が、腐敗と汚辱にまみれているのを目の当たりにしたトラヴィスは、孤独な義憤を募らせていきます。


妻子を持たないトラヴィスにとって、ベツィは愛すべき妻であり、アイリスは可愛い娘のような存在だったのでしょう。事実、両親の結婚記念月に祝いの手紙を書き送り、アイリスに宛てて送金するトラヴィスが一番大切にしていたもの、それはおそらく”家族”です。


映画タクシードライバーのメインテーマは、孤独なトラヴィスが”家族愛”を貫こうと苦悩することにあります。


父親なら、娘の為に命を投げ打つことすら厭わない筈です。ピッツバーグに居る両親の元へアイリスを帰す為に、激情的で発作的な怒りに駆られてトラヴィスはギャングを撃ち殺します。


以上、タクシードライバーのメインテーマを見て来ましたが、最後に、何故トラヴィスが夜の街へと再び消えて行ったのかまとめてみたいと思います。


何故トラヴィスは再び夜の街へと消えて行ったのか

ベツィの心に崇敬と慈愛の感情を呼び起こし、アイリスを無事に家庭に送り届けたトラヴィスの心からは、鬱屈した孤独感はもはや消え去り、清々しい微笑みすら宿っていましたが、夜の街をタクシーで走り去るトラヴィスの瞳だけは狂気が燻ったままエンディングを迎えました。


トラヴィスの心には、悪徳への憎しみに満ちた眼差しが宿ったままでしたが、もはや無軌道な狂気ではなく、真に自己実現を果たした者の知る成熟した道徳心へと変わっていたのです。


ベツィへの愛から他者との関わりを知り、アイリスの為に命を懸けたことで他者を慈しむことを知ったトラヴィスは、見事に自分の殻を破って、深い虚無感から脱したのでした。13歳の少女をたった一人救い出すことが出来ない大統領候補と好対照を為す、トラヴィスの捨て身の行動はベツィの愛を勝ち取り、アイリスの人生を救いました。”夫”として、そして”父親”としてトラヴィスは蘇生したのです。


結果的に、命懸けのトラヴィスの行動は誰かに見返りを求めたものではなく、無償の行為と人には映った筈です。トラヴィス自身にとっては、自己の存在証明を懸けた衝動的かつ無計画な襲撃でしたが、それほどまでにトラヴィスの自我は追い詰められていました。アイリスを救い出したことで一躍トラヴィスは英雄視されますが、トラヴィス自身はベツィに普段のままのトラヴィスとして接します。トラヴィスは英雄になりたかったのではありません。己の感情に従っただけなのです。


ベツィの心は、はっきりとトラヴィスへの愛に変化しましたが、トラヴィスはタクシーのハンドルを繰りながら、ベツィに背を向けたままラストを迎えます。


”タクシードライバー”として、トラヴィスは再び夜の街へと消えて行きます。NYの街から完全に悪徳を消し去ることは不可能ですが、人を愛し慈しむことで自身と世界が変貌することを、トラヴィスは身を持って証明したのです。


以上、”英雄”になることすらなくトラヴィスが再び夜の街へ戻った理由を記してみました。


この記事のまとめ

2人の女性を巡って、トラヴィスは悲しいほどに不器用で未熟な愛しか果たせませんでしたが、心に燻っていた鬱屈を昇華することで、行き場のない狂気から自分を救い出しました。ベツィの心には、もはや大統領候補の空疎な言葉は無意味と化していて、実際に行動する勇気を示したトラヴィスへの想いで満ちています。映画のシナリオには存在しませんが、おそらくその後、トラヴィスとベツィは結ばれることはないでしょう。何故ならベツィの為に命を懸けた行動ではなく、少女アイリスを救う為の行動だったからです。ベツィへの断ちがたい想いから大統領候補の狙撃に至った訳ですが、パランタインの殺害に成功していたら、ベツィの愛は勝ち取れなかった筈です。一方で、修羅場を経験したアイリスは郷に帰り、復学する道を選択しました。両親の心温まるトラヴィスへの感謝の手紙が、アイリスが幸福に暮らしていることを示しています。全身で震えながらトラヴィスと女衒達の銃撃を目の当たりにしたアイリスは、マシューの死によって偽善的な愛の危険に気付いたのでしょう。2人の女性によって、大きく人生が変わったトラヴィス。今回の記事では、夜のNYを舞台に、孤独な男が命懸けで人を愛した物語を綴ってみました。

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